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ほんま・りう |
本 名 | 本間隆 |
海へ出る蝶 ヤングコミック 少年画報社 |
| 生年月日 | S24年8月8日 | ||
| 出身地 | 新潟県巻町 |
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本名 |
生年月日 |
出身地 |
デビュー作 |
| 赤胴鈴之助(武内つなよし)赤いトナカイ・少年同盟(石森章太郎)などを読みながら、読者を通して来たが、明治大学で好奇心から漫画研究会に入会した。入会の決まりでストーリー漫画を描かなければならず、ちばてつやの漫画を参考に生まれて初めて漫画を描いた。 1年先輩にかわぐちかいじが居て、ペンの使い方、コマ割、人物の描き方などを学ぶ。かいじのデビューに触発され、少年ジャンプに投稿するが、選外佳作に終わった。大学4年のときに先輩(ヤングコミック編集員)の紹介で『海へ出る蝶』ヤングコミック・少年画報社 でデビュー。 コミックサンデー(一水社)に『ケンカ太陽伝』を連載したが未完、大学卒業後、『与太』増刊ヤングコミックを連載、同時に『人斬り五郎』(現代コミック)も連載している。しかし自分の漫画に限界を感じ、スペインへ渡航、帰国後、漫画しかないと、再びペンを握った。 『官僚列島』東史郎原作(漫画ホット) 『終身刑事』(漫画ボン) 『あこがれ大将』牛次郎原作(週刊時代)、昭和52年、 『喧嘩いっぽん道』(漫画サンデー)を連載、好評だった。『挑戦者』(漫画サンデー)連載。 漫画の描き方全般を教えてくれた、かわぐちかいじの影響を一番受けたという。二人してアパートで悶々していた頃が懐かしい。少女漫画家もりたじゅん(本宮ひろ志夫人)のアシスタントもしたと言う。もりたじゅん曰く、列車とか、車を書いてもらったが、メカの描き方は勉強になったと言う。 蔵書は『与太』しか無いようだ。 |
| ザ・ファーム | ||
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| 漱石事件簿 | 宵待草事件簿 | |
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古山寛原作
ほんまりう作画
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| 与太 | |
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